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この子の笑顔を大切にするために

わが子に軽度障害があることがわかってから。普通級か支援級か、うちの子“普通”じゃないの?悩みながらの子育て&親育ちの思いの記録。

転入を決めるまで②

一方私は、周囲がどんどん『理解』を示し始め、私もそれを喜ぶべきなのに、何か我が子の成長や可能性を否定されたような、おかしなジレンマに陥っていきました。

 

来年はもっと変わるかもしれない、高学年にもなれば、何をあの頃悩んでいたのかしらねと笑っているかもしれない・・・と。

今の我が子の姿ではなく、勝手に思い描いた数年先の我が子の姿ばかりを追い求める。「普通」の呪縛に取りつかれ、一番なりたくない愚かな親そのものになっていたと、今だからわかりますが、ただただ必死でした。

 

字を形よく書きなさい(空間認知力の弱い子にとって、バランスよく漢字を書くことは物凄い苦労を要するのです)、問題文をよく読みなさい、あなたはよく見ずに勝手に判断するからミスが多い(注意欠陥性と思い込みの激しさのためこれも苦労していました)。

これらの言葉を、よくないとわかっているのについきつい口調で投げ掛けることが増え、泣きながら漢字の書き取りをする息子。そのうちうまく書けないとパニックになって泣き出すように。泣くぐらいならもうやめちゃいなさい!とイライラする私。ごめんなさいがんばるから!とパニックで泣き喚きながら必死の形相で漢字ノートに向かい、また枠内からはみ出したと泣き出す息子・・・。

 

今書いていても、息子のいじらしさに涙が出ます。負のスパイラルを作ってしまったのは他ならぬこの私だったのに。

お母さんに褒められたくて、本人は必死にやっているけれど、そこまでの成果が上がらない。私も褒めはするけれど、どこかで幻想の「普通」の子供を追い求めているから、それがきっと本人にも伝わっていたことでしょう。

 

これは何か根本的におかしい、修整できるうちに方向転換が必要なのではと私も気づき始め、でも支援ルートを選んでいいのか、息子の将来の選択肢を狭めるのではないかと、踏ん切りがつかぬまま三学期も半ばを過ぎた頃、私の背中を押してくれたのは義理の母の言葉でした。

「あんまり無理させるのは○○ちゃん(孫の名)かわいそうだわ。もういいんじゃない?」と。

 

それまでも義母とはよく息子の問題について話をしており、私が仕事の時にあずかってもらったりもして我が子の成長を共に見守って下さっていました。

私以上に、息子の将来を本気で楽しみにしてくれている義母から、前向きな意見としてのその発言を聞いた時に、ああ、その方がやっぱりいいんだ、とストンと腑に落ちたのです。

 

それが三学期も残り二週間という時期。

そこからばたばたと学校側と私達夫婦で面談して転入届けを出し、本人が変わりたくないと言うので(支援級転入が嫌というよりは、よくわからないところに行かされるのが不安、というレベルだったのが救いでした)見学を兼ねた慣らしを数回、卒業式の練習などで時間の遣り繰りが大変な中、最大限見学の機会を作って下さった先生方には感謝しきりです。