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この子の笑顔を大切にするために

わが子に軽度障害があることがわかってから。普通級か支援級か、うちの子“普通”じゃないの?悩みながらの子育て&親育ちの思いの記録。

4月が終わって

少しネガティブな内容で4月の記事が終わってしまいましたが、4月が終わってみて。

 

支援級にしてよかった、というのが親としての感想です。

お勉強面では、正直言って普通級とは全く違ってしまい、支援級独自のカリキュラムで、書く学習は漢字と計算問題が主体になっており、国語では詩を読んだり日記を書いたり、その中で社会科や理科的な内容も気づかせる(春の雑草の詩など)、といった総合的学習になっています。

そのため継続して取り続けている学習教材も、学校とは全く別の世界のもの、という感じになってしまって、やろうと誘っても嫌がるようになってきてしまいました。

できれば理科、社会だけでも学習教材でやらせたい気持ちはありますが、自分と関係ない(例えば古楽なんて全然興味ないのに、ネウマ譜とその装飾法について一年間勉強しましょう!とか言われたら大人だって嫌ですよね・・・)と本人が思っている限りは難しい。

実生活の中で、関係あるものを見つけたら素早く理科・社会的知識として教える。これが本当の意味で生きた教育なわけですし、親もアンテナを張ってその機会を日常生活の中で逃さぬよう努力中です。

 

驚いたのはたった1ヶ月弱で何事にも積極的になってきたこと。何かに気がつくだけでなくそれに行動が伴うようになってきたのは、自信が出てきたことの表れかなと思います。

例えば先日も、庭の草がのびてる!と叫ぶので「急に暖かくなったからね、困っちゃう。草取りしてくれるかなぁ?」と冗談半分言ったところ、「うん、わかった!」と一人で頑張って草むしりを始め、私が合流するまでにかなりの量を取ってくれていて驚かされました。1~2年生の頃はすぐ飽きてしまい、私達の刈った草を袋に入れる程度しか役に立てなかったのに。もちろんしっかり誉めたところ、嬉しかったのか先日お泊まりに行ったおばあちゃん宅でも草むしりのお手伝いを買って出たということでした。

 

また、私自身の健康不安を感じる出来事があり、幸い検査結果は問題なしでホッと胸を撫で下ろしたのですが、結果を待つ一週間ひたすら考えたのは、主人といまいち意志疎通のできない息子との関係(息子も伝える力に欠け、主人も読み取る力に欠けるのです・・・)。

普通級のままだったら不安しかなかったけれど、支援の道を選択した今は明らかに不安が軽減されました。少なくともこの子を見守ってくれる先生方がいて、行政支援も普通級の父子家庭より手厚く受けられます(心配性なので最悪の事をすぐ考えてしまう私です)。

祖父母もこの子を可愛がって下さっているし、私いなくても大丈夫かも!という結論に至りました(極論です)。

 

私がいなくなったらこの子どうなるんだろう、という悲壮感が常につきまとっていた1~2年生時とは、私自身の気持ちが明らかに変わってきました。息子の成長を素直に信じられる気持ちになってきたのです。

 

この保護者である私自身の内面の変化こそが、支援級を選んで良かった一番のことではないかと感じています。