この子の笑顔を大切にするために

わが子に軽度障害があることがわかってから。普通級か支援級か、うちの子“普通”じゃないの?悩みながらの子育て&親育ちの思いの記録。

久しぶりに繋いだ手の高さ

そんな息子もあっという間に高校2年生。初めての企業実習も6月に経験しました。

初回にお世話になったのは、大手生命保険会社の特例子会社。親も1週間の実習中に見学へ行くことになっており、高層ビル内の近代的なオフィスに驚いたり、まごまごしている我が子にあちゃー、と思ったり(笑)。その日はちょうど苦手な紙を折ったり切り貼りをする作業で、事務だからパソコン作業やコピーだけだろうと思っていて、本人もパニックだったようです。

実習後に学校の先生からも、事務系希望ならああした軽作業は必須なので、それが苦手だと厳しいかも、とのこと。

壊滅的な不器用さに今まで敢えて練習もさせていませんでしたが(苦手意識を強化するだけだったので)、さすがにテコ入れの必要性を感じ、夏休み中の課題として紙を使った手先の練習をさせています。

 

お盆休み、私の郷里へ帰省しました。就職したら長期は難しくなると思い、久しぶりに5泊6日の長い帰省。祖父や祖母と過ごし、美味しいごはんをたくさんご馳走になり、私とゆっくり大好きな電車旅を楽しむ。いつも様々な事に緊張しながら本人なりに日々頑張っているのがわかるので、リラックスできたかなと思います。

 

ただ一つだけ、びくびくしながら過ごさなければならなかったのが、犬。幼少時に公園でリードの無い犬に追いかけられて以来、犬が死ぬほど苦手な息子。田舎の犬は特に、知らない人を見ればきちんと吠えます(笑)

家の中から吠えられ、吠えないと思っていたわりと穏やかな犬種にも何故か吠えられ、道端の白い袋すら犬に見えてきて、え、恥ずかしくないの?と戸惑う私におかまいなく、怖くて歩けない!手を繋いで!とお願いしてくる息子。久しぶりに繋いだ16歳の息子の手は、細いものの私よりわずかに大きく、もうあの小さなやわらかい手じゃ無いんだなぁとしみじみ感じさせられました。何より、昔はだらんと下げた位置で手を繋げたのに、今では私の方が背も低くなり、私が少し手首を上げないと手の位置が合わなくなっていました。

感慨深い母の横で、手を繋いだことで安心して何故かご満悦の息子は、一体何を考えていたのでしょうね。暑い夏の帰り道の一コマでした。

入試

息子が結局進学したのは、本人の希望通りの職能開発科の方でした。私達親は就業技術科(こちらの方が難しい)を勧め、併願という形で受験したのですが、敗因は突然現れてきた吃音。面接がまともに受けられず惨敗でした。

 

3年生になって受験が近づくにつれ、たまーに出ていた吃音(どもり)が少し多くなってる?とは思っていたのですが、元々口が達者過ぎて上級生とトラブルを起こしていたほどの子、クラスでも発表の司会などをよく頼まれており、まさかそれがここまで大きな問題になるとは思いもしなかったのです。

ところが、ひと月ごとに吃りはひどくなり、面接練習が始まったが模範回答が言えない、と悲痛な顔で訴えてきて、これはまずいことになった、とこちらも焦り始めました。

薬物療法は今まで無しで来たため、急にこの時期に始めるのも難しそうで、苦手な言葉(か行、さ行、な行、や行、あ、お、が特にダメでした)が最初に来ないよう、回答を工夫するなどしましたが、最終的には「こんにちは」と言おうとするだけで「こ、こ、こ、こ、ここここ、こここ(繰り返し)・・・・こぉ〜、こぉ〜!こぉー、んにちは!!」となってしまう状況に。

入試配点は面接が4割とわかっていたので、うーん、これは就業技術科は厳しいかも、と内心思っていました。ただ、ストレスでこうなってしまうのがこの子の特性ならば、無理して競争の厳しい所に所属してもまた同じことになる。成り行きに任せよう、とも思っていました。

 

中学校で入試の振り返りをしたようですが、面接で他の子は15問くらい質問されたのに、うちの子は(止まってしまうので)時間切れで8問しか聞かれなかった、と言っていました。

でも支援高校だし、そのあたりなんとかしてもらえないかな・・・と思いましたが、やはり結果は不合格。

もう一つの職能開発科のある学校の方がいいと言っていた我が子も、さすがに悔しかったようです。ただ正直、このままだとそちらも面接で落ちるかもなと思っていました。その頃の吃音は、家で私達とも普通に話せないレベルでした。

 

一ヶ月後もう一つの学校の入試があり、筆記は前の就業技術科の入試点数が流用されるので、面接のみ受けてきました。

前の学校よりやさしかった(面接官の先生が)。前より話せた。と本人は言っていて、結果、職能開発科になんとか合格。本人の希望通りになったのでした。

その後、2〜3ヶ月で嘘のように吃りも無くなりました。中1の時の過敏性腸症候群の時といい、精神的な問題が身体機能に影響しやすいのだろうな、大変だなぁと感じます。

中3、進路

早いもので息子も中3の受験生。先週日曜日に第一志望校の受験が終わり、来週金曜日には合格発表です。支援高校は願書をもらうのも親子で面談、試験当日も親同伴必須で親は控室待機です。11月という早い時期に受験があるのも初めて知りました。

進路は悩みましたが、やはり都立の就業技術科のある支援学校高等部を第一志望に。就業技術科や職能開発科のある支援学校高等部は数が少なく、それ以外の普通科よりも高度な就労技術を学ぶことができ、障がい者枠での企業就労の可能性が格段に広がります。

 

悩んだ理由は、卒業後は必ず就職という進路を希望している人のみ受験できる、ということ。大学や専門学校でさらに学ぶことを考えるなら受験しないで下さいと説明会では言われました。

実際には、支援学校高等部を出ても高校卒業資格がもらえないので、大学受験などは(高卒認定を受けない限り)いずれにせよできません。

ただ、企業就労のための技術を学ぶことに特化した学校のため、2年生から既に企業での実習をさせてもらうなどのカリキュラムがあり、卒業後はそこで働くことを想定して企業も受け入れています。なので就労する気の無い人が来るのは学校としても信用を失い、次年度の就労先にも影響が出かねないから困るというわけです。

 

中3と言っても、2〜3歳の精神遅滞を伴うことを考えれば頭の中はまだ小6程度、そんな子が就職のことなんて考えられるわけもなく、もう3年後には就職なんて親も考え難く。

何故もう少し猶予が貰えないのかと心から思いましたが、その猶予がより就職を難しくする可能性が高いことも徐々に理解できてきました。これはその子その子によりますが、うちの子はIQ的に高卒認定を受けて大学等へというのはかなり大変、且つ自分で仕事を立ち上げるなどの能動タイプでもない。むしろ決まった作業を上から言われてきちんとこなすほうが安心できるタイプであることなど考え合わせると、無理に詰め込んで学歴をつけてもその先が危うく、高校卒業後は早めに仕事を始めてコツコツと経験を積む方が、結果的に本人の幸福度も高くなる気がします。

 

親は中2辺りからこうしたことを考えるようになるのですが、これを理解させるのは本当に大変です。なまじ好きなことを大学で学びそれを仕事に生かしている親の私を見てしまっているので、まだまだ先のこと、と子供自身も思ってしまっており、現実的な話をしようとしても、どこか遠い世界の話のようにしか捉えてもらえません。

 

今回進路のことで、初めて息子と言い合いになりました。現実の厳しさを伝えた上で、こういう進路もある、と話しているだけなのですが、「ママは僕に言うことをきかせようとしている!」と怒り出してしまい聞く耳を持ちません。

反抗期らしいものもなかった子なので、おお、成長してると嬉しく思う反面、このタイミングかぁ~と困ったのも事実です。

 

就業技術科のあるA高校を受ければ、もしダメでも職能開発科のあるB高校を追加志願でき、さらにそれがダメでもB高校の普通科に拾ってもらえるというシステムがあるのですが、本人の希望通りにB高校しか受けないと、定員はたったの20名、より難しいA高校がダメだった人も追加志願で流れてくるため、かなり厳しい受験となります。

就業技術科でも職能開発科でも、お仕事するための技術を身につけるという目的は同じ、ならばチャンスの多い受け方をしたほうがいいのでは?と話しても、僕はB高校がいいからA高校は受けない、の一点張りで、もうこれは仕方ないと私は半ば諦め状態でした。

 

その状況を出願ギリギリでひっくり返したのは、主人の言葉でした。

主人が話したのは、ママもパパも君より先に死ぬんだよ、そうしたら1人でお金を稼いで暮らさなきゃならない。A校を受けておけばチャンスが広がりお金を稼げる就職ができるかもしれないけど、B校しか受けずにもし普通科になったら厳しいよ、という話でした。

 

私も似たような話をずっとしてきたつもりでしたが、やはり現実に日々苦労している主人の言葉は重かったようです。

何より、ママもパパも自分より先に死ぬ、というのが一番のショックだったようで😅💦ママはそんなこと教えてくれなかった!早く言ってほしかった!と責められ、えぇ~💦中3でそれ?となりましたが、この子達にしたらそうなんですね💧

 

とりあえず、ストレスで過敏性腸症候群を再発することもなく無事?受験を終え、あとは神様が一番息子にいい進路を示して下さると信じるのみです。

中学1年生のトラブル その後

前の記事のその後。かなり大変な思いを親子ともにすることになったので、忘備録的に記したいと思います。


私が学校に説明し、学校側も理解してくれて謝罪があり(障害特性を理解してもらえればそれで良かったので、別に謝罪していただく必要もなかったのですが)、これで一安心かと思いきや、既に子供本人の心にはかなりのストレス負荷がかかっていたようです。
先生とのやり取り以外にも同じ支援級の上級生とのトラブルもあったようで、口が達者で思ったことをストレートに言ってしまう&ルール違反や間違ったことが見過ごせない我が子は、三年生から目をつけられ、お前は休み時間一言も喋るなと言われたり、色々揉めていたことも判明しました。

最初はひどい下痢と吐き気で、小児科でも胃腸炎の薬が出されたのですが、夜になるとお腹が痛いとトイレに駆け込み、ガスでお腹がパンパンに膨れてしまって胃が圧迫されて吐き気が治まらず、トイレに顔を突っ込んでゲーゲーえづくものの何も出ず。

これを夜中の0時頃まで何時間も繰り返し、そのうちやっと下痢とともにガスが抜けてお腹がへこみ疲れ果てて眠る、しかし朝になるとお腹の違和感で目覚め、朝ごはんを食べたらすぐ腹痛でトイレに駆け込み、登校時間ギリギリにやっと青い顔で出てきて、泣きそうになりながらも真面目な性格が災いして「休みたくない」と学校までの長い道のりを登校、という状態に。
学校へは無理やり行くのですが、寒い時期だったのもあって結局またお腹が痛くなり、授業中もほとんどトイレにこもって授業も受けられない。「早退は嫌だ」と先生の説得にも応じず、困り果てた学校側からの連絡で迎えに行ったこともありました。

急激なお腹の膨らみと痛がる様子に、最初は腸閉塞?!と焦りましたが、ガスと下痢は出るので違う。しかしとにかく毎日毎晩その状態が続き、短時間しか眠れないし、常に胃がおかしいのでやわらかいものしか食べたくないと言い、病人食のようなものをほんの少ししか食べられなくなって、2週間ほどであっという間にガリガリに痩せてしまいました。

もうこの時点で“過敏性腸症候群”の文字が頭をよぎっていたのですが、とりあえず小児科でレントゲンやらウィルス検査をとことんやり、医師の見解も「まだ今の段階では診断には早いけどたぶん過敏性腸症候群」とのこと。
精神科的アプローチもあるけど、まずは身体的アプローチをしましょうとのことで、便秘改善薬(マグミットを処方されました)で強制的に便通を起こしてガスがたまらないようコントロールすることに。

これが功を奏し、既に学校内でのトラブルは落ち着いていて、自分の身体の異常の方に本人の関心も移っていたので、腹痛と吐き気が治まって来るにつれ、精神的な安定も取り戻すことができました。


それでもすべてが落ち着くまで約2ヶ月間、親も振り回されこちらの体重も少し落ちたほど(笑)。急な腹痛が心配だと言うので朝は途中まで付き添って登校していたので、そのせいかもしれませんが。

とにかく怒涛のような2ヶ月間でしたが、学校関係でここまでトラブルを被ったのが初経験というのは、今までが本当に運が良かったのだろうとも思います。

中学校支援級でのトラブル

早いもので、我が子も中学校入学です。地元中学の支援級へ進学したので小学校の支援級とも交流が多く、1年担任が支援専門の先生だったこともあり(支援級担任でも、支援を専門に学んだ先生ばかりではないのが実情です)、安心してお任せしていました。

 

しかし、やはり中学校は小学校のようにはいかなかった。。。1年担任は障害特性をよく理解した支援をして下さっているのですが、同じ支援級の他学年担当の先生から受けた指導で、一悶着起きてしまいました。

本人にはそのつもりのない発言を他者を馬鹿にした発言とその先生が取り違え(ASD特有のものの見方が原因でした)、数日に分けて何回か放課後に残されて、差別はいけないという話をされていたようです。

 

実は私がひっかかったのは、本人の意図を取り違えられたことよりも、数日に分けて何回もの説明をゆっくり行いましたというその先生からの報告でした。

これはASDの障害特性をわかっているならあまり良いやり方だとは思えません。そもそも息子は自分が差別的発言をしたつもりがないので、あの話がどうして差別の話になるのか??と混乱していたようです。おそらくそれをなんとかわからせようと何回も話をされたのでしょうが、本人は良くも悪くも素直なため、“自分が話をすると気付かぬうちに差別的なことを言ってしまうらしい” と思い込み、軽いパニックを起こしていました。

 

もちろん意図を取り違えられるようなKY発言をしてしまうこと自体に問題があるので、指導は必要なのですが、専門知識のある先生であれば障害特性から出た発言だとわかった上で、もっと簡潔な指導をされたと思います。

私が本人に注意するときは、その発言のどこが悪かったかを伝え、自分はそのつもりがなくても相手にはこう聞こえることがある。だから別のこういう言い方にした方が良い、誤解されるとあなたが損をします。と伝えます。その方がASDの息子には分かりやすいようです。そのうえで、もし他者を傷つける発言だったなら対象者に謝罪させます(今回は考え方を指摘され、対象者はいなかったようですが)。自分はそのつもりがなくとも、傷つけたことは事実なので謝罪が必要だ、と息子本人も考えるタイプです。とても素直で単純です。

1年担任からの連絡があったから早く気付くことができ(息子の思考回路からは有り得ない話だったので、すぐおかしいとわかりました)、息子と学校両方に事実関係の確認とフォローを入れることができましたが、よかれと思ってこうしたことを積み重ねられていたらと思うと正直ゾッとしました。1年担任が止めてくれたら良かったのに、とも思いますが、支援級内部の力関係等もあったようです。

 

どうも息子のASDも全員の先生に伝わっていなさそうな気がしたので(わかる人が見れば一目瞭然なのですが・・・)、そこも角が立たないよう気を付けつつしっかりと伝えました。どう話を進めればモンペと思われず且つ先生を傷つけず話せるか、言葉選びに悩む、胃の痛い数日間でした。

 

小学校の支援級が恵まれ過ぎていたので、私的にはかなりショックが大きかったのですが、支援級でもこのような状態では、知的な問題の無い発達障害の子供達はどんなに大変な思いをしていることだろう、と改めて考えさせられた出来事でした。

ゲームデビュー

昨年11月頃、11才間近になってはじめてゲームを買い与えました。ゲームデビューです。
これは本人が全く興味を示さなかった、というのが大きく。主人はゲーマーといっていい過去があり今でも自室に多種のゲーム機やソフトを所持していますし、私も一緒にオンラインゲームをしていた時期もあり、決して我が家がゲームを否定していたわけではありません。

お友達がニンテンドースイッチなどのゲーム機を持って来ることも増え、ゲームの話が始まると蚊帳の外になってしまうので、そろそろ自分で時間管理できる年だし買ってもいいよ?と勧めても、僕は要らない、と言うばかり。

むしろ、冬に室内で身体を使ったゲームができそうだと、私が率先して中古のwiiを購入したのでした。wiiをあえて選んだのはテレビ画面でしかできないから。親の目が届くし、遊びに来たみんなでできるのもいいなと。(もうすぐwiiは修理対応期間も終わってしまうようで残念です)

そして、最初は不器用で細かいリモコン操作がうまくいかず、フィットネスソフトでひたすら一時間以上自転車こぎばかりしていた息子が、マリオカートにはまったのでした。
いつもながらはまった時の成長(?)は凄まじく。半月ほどであっという間に上達してスイスイと難しいコースも一位でクリア、隠し要素のようなものやタイムアタックに次々チャレンジしていく姿にやや唖然としています(笑)

最近はお友達も、全く勝てないので誰もマリオカートは一緒にやってくれなくなってしまい、唯一越えられない壁としてパパが頑張っています(ゲーム雑誌の全国一位で名前が載ったほどのオタクだったらしく、今の仕事もコンピュータ関係)。おかげで今までパパに対して苦手意識があったのが一転、尊敬の対象に(笑)。対戦してほしくて帰りを待ちわびるまでになりました。

たかがゲームなのですが、自分もできる、人より得意、という心からの自信が生まれてきたようです。やや鼻にかける言動が出てきたので、それは違う、本当に凄い人は鼻にかけないし人を馬鹿にしない、といった話もできるきっかけになりました。他者にあまり興味がない上になかなか自信が持てない子だったので、今までそうした話すらする機会がなかったのです。

発達障がいの子供とコンピュータは相性がいいとはいいますが、本当にゲームも使いようで面白い効果を生むものだと感じています。

母の日の肩たたき

母の日。私は肩たたき券やお手伝い券を嬉々として作る子供でした。そこまで感謝していたかは正直不明ですが、そうすることで母が喜んでくれることを知っていたから。母が喜ぶのが嬉しくて、手作りの折り紙カーネーションなど一生懸命作った記憶があります。

対して我が息子は、幼稚園や小学校で母の日の何かを作ってきても、それを私に渡せば喜ぶだろうといった想像力がないのか特にアクションもなく。しびれを切らした私が「あ、こんなの作ったんだね♪」と驚いて見つけたふりをしても、「うん。」で終わり。今思えば、手先が人一倍不器用だった息子にとってはカード作りや工作は苦痛以外の何ものでもなく、それが母の日のプレゼントであるという意識そのものが無かったのかもしれません。

良くも悪くも取り繕えない子なので、私のことが大好きなのはわかっているものの、他のお母さん達が何かの折に子供からのサプライズや優しい言葉に成長を感じて涙した、というような話を聞くと、うちの子はやっぱりそういう感性が普通の子とは違うのかな、ASDの特性もあり自分の世界が大きい息子にとって、他者がどう感じるかを慮るのは難しいようで、そういうのはうちは一生無いのかもと思い始めていました。

 

そして今年の母の日、義母へのプレゼントにお花を買いに行った際。冗談めかして「ママは何がもらえるのかな~」と一緒にいた息子に言ったところ、ちょっと考えて。

「肩たたき100回するね」とその場で肩たたきをはじめ、本当に100回以上叩いてくれました。私が最近、肩と首が痛いと言っていたからだと思います。

5年生にして初めての母の日らしい?反応をしてくれた息子。相手の望む反応をしようと顔色を伺う子になってはいけないけれど、やはり気持ちは見えないものだからこそ言葉や形で表現する必要もある。自分視点が大きすぎて相手の望む反応とは微妙に違った言動も多い息子ですが、その成長に安心し、素直な優しさの表現にちょっと感激しました。

 

今週のお題「母の日」